大阪からマリーンズを応援し、地元でセレッソを応援するおっさんのブログ

NPBはMarines、JリーグはCerezoを応援する、おっさんのブログ。娯楽もちょこちょこ書いてみます

《高校野球》にぃにぃの【野球大冒険】終わる。その1『昭和野球』

初戦を勝利で終えるも

次戦は府下有数の強豪校

今回トーナメントもシード枠

「これで最後」は明確に自覚しながらも

各保護者ともそれは一切クチにせず

決戦の25.07.14を迎えました。

コールド負けでありましたが

一方的なフルボッコではなく

温存予定だったと思われるエースを

引っぱり出してした辺り

意地を示してくれました

 

この敗戦をもって、3年生は卒部

にぃにぃ中学1年生から

足掛け5年の【野球大冒険】が終了

 

このエントリーを書き始めた

翌日、25.07.15は

スマホにwebで過去速報のザッピング

文字速報で色を変えて示されている

途中出場の文字や

タイムリーヒットを示す文言眺めては

ぼぉ~・・・

業務用PCに展開しているLINEにある

にぃにぃ野球用グループに沢山置いた

写真に動画

合間につい眺めてしまいウルっ

今日はそんな一日です

 

昨日夜、にぃにぃに

高校入学即入部してから

今日までのことを改めて振り返って

時系列でハナシをして貰いました

 

高校野球2年4ヶ月の振り返りを

一言でまとめると

『楽しかった。けど何度か心折れた』

『ジブンでもここまで辿り着けたこと

ちょっと想像できなかったかも知れん』

『最後の最後で試合に絡めるまで

辿り着いたのはホンマに嬉しかった』

まだ【引退】ってことピンとこない中

『少しずつ実感湧いてきたかな?』

なんていいながらハナシしてくれたこと

 

3部作にしてエントリーします

 

その1『昭和野球』

 

最初にキモチが折れたのは入部即だったと

中学3年生時期にオープンキャンパス

クラブ体験をしていたので

おおよそ「中学野球部とは違う」こと認識し

入部条件の【坊主頭】も

「好きな野球を続けるためだから」と

素直に受け入れてしたものの・・・

昭和気質全開の監督さん

ウチのにぃにぃは元から

礼儀はシッカリしてた方なので

それは全く苦にならなかったが・・・

●監督は絶対。の軍隊方針

●ナニを置いても「野球最優先」

●部員はすべて小中リトル経験者ばかり

 

中学校の野球部とは全てで異なり

いきなりの【大事件】は

前年年末に死去した

ワタシの義父、にぃにぃから見ると祖父

の納骨日と毎年恒例だった遠征がブッキング

納骨を優先し「遠征不参加」を申告すると

『今回はいいが、今後は野球を優先しろ』

と一度叱責を受けた後

他の新入1年部員数名もなんらの理由で

不参加を申し出すると・・・

改めて3人揃って呼び出され

ウチ1人が家庭の財政事情を理由とすると

「監督に借金してでも参加する気すらない」

といった耳を疑う叱責があったと。。。

この時明確に

『エラいトコに来てしまった・・・』

と最初にキモチが折れたとか。

結局、この件で他の部員は退部してしまいます。

 

それと練習も厳しいというか、経験値の差

他の生徒はすでに小中リトルクラブで

培われていることなので

当たり前に出来ること。

ですが、伸び伸び野球をモットーとした

中学野球部ではほとんど・全く経験ないこと

「出来て当たり前」として

できないことの叱責や

「下手くそ」に始まる暴言、

にぃにぃが出来るまで練習を止めたりと

完全に『パワハラ一発アウト』な環境を

毎日過ごしていた頃

何度も野球が嫌いになりそうになったと

 

けどその環境は同年夏大会敗退即

当時の監督が突如退任

理由は過去のエントリーで散々書きましたが

古式昭和指導の変革を求める学校と

信念を曲げない監督とが衝突し

監督が辞任なのか解任なのかで去り

新監督は当時から部長の立場で指導していた

現在の監督が、当時は「代行」という立場で

部は存続する。としたモノの・・・

色んな大人の事情が介在し

場合によっては【廃部】の選択肢を

学校ももったままの継続

「野球部がなくなるかも知れない」

この時期、

『野球部がなくなったら、ジブンは今後

どんな学生生活を過ごせばいいのか・・・』

この時期は凄く不安だったようです。

 

部活の変革期となったこのタイミング

部を引き継いだ監督の方針は

「自主性を重んじる」

これは後々ワタシの考察でありますが

監督自身のベースは「昭和」にありました

ですがこの監督は学校教員の立場もあり

私学教師はいつ学校から契約満了を

言われても従うしかない立場。

なので自身の信念よりも

学校方針を最優先にはしましたが

監督本人ですら「自主性」を

部員に説くのに四苦八苦していた印象

ゴリゴリの昭和気質の軍隊方式から

180°異なる自主性への変換

ここから1年はチーム全体が

【迷走】していた印象

にぃにぃ自身も

「自主性ってナンなんかな???」

ずっと迷いの連続だったとか

 

にぃにぃが出来ないからと

練習を止めることは無くなったが

「ヘタクソ」のワードは頻度減るも

それは最後まで言われたと。

本人自身、それは仕方ないと割り切りながらも

流せない時やストレスになったこと

ずっと繰り返しながらここまで来たと。

これについて

『後輩には今後も言って欲しくない』

そうワタシに話してくれました。

優しい先輩です(笑)

 

そして新チームの1年秋に入ります

 

つづく