あれからもうすぐ1ヶ月
にぃにぃといろんなハナシをしました
『1年生の時から振り返って』を聞いたところ
「坊主頭マスト」は入学前の
体験入部時に通達されていたので
それは然程問題ではなかった
一番最初の衝撃は
「エラいトコ来てもうた・・・」と
怖い先輩はいなかったがプレー面
言っても皆、野球部ではなく
リトルリーグのプレイ経験ある選手
ばかりの中にズブの未経験者が入部
基礎レベルが全く違い、
そして昭和バリバリの監督
ヘタクソに始まる罵倒から
にぃにぃが出来るまで次の練習に移行しない
「みんなを止めてしまっている」
精神的圧力
「野球中心に生活しろ」
「家庭の用事を理由に練習を休む
遠征帯同しないなら辞めろ」
世間の風潮に全く順応していない
『だから野球はダメやねん』と
言われる象徴のような方
常に監督の顔色を見ておく
必要があったのがしんどかったと
1年夏大会直後に監督退任した際
最大の懸案となった【部の存続可否】
学校サイドと監督の間に
大きなおとなの事情が
あるのがミエミエだったので
廃部の可能性があり
「野球部がなくなったら、
どんな高校生活過ごす?」
そのイメージが全くできないことと
「好きな野球ができなくなるかも知れない」
まぁまぁ厳しい叱責受けながらも
野球はキライにならなかったと。
そんで練習中の大怪我、顎骨折。
これも部活動停止の理由にされてしまわないか?
と不安だったと
骨折直後から心配していたのは
打者だった先輩のメンタル
大体こんなことに遭遇したら、あの時・・・
あーやったら、こうやったら
と過去を悔やむのですが、そんなことは一切ナシ
邪念なく前だけみていたこと思い出しました。
最強に苦しかった昨年秋以降のこと
『いつごろまで苦しかった?』と聞くと
「春の大会始まるまで」「背番号貰えるまで」
ずっと苦しく・不安しかなかったそうです
そうやったよね
日頃ゼッタイに他人のこと言わない
にぃにぃが他人の愚痴をいったこと
秋リーグのある試合日に
レギュラーの生徒が
試合会場間違えて大遅刻した時
【懲罰】ゆーて1試合目はベンチだったが
2試合目はフツーにスタメン出場
「ワイなんてみんなよりちゃんとしてても
試合前ノックでしかグランド立たれへん
試合なんかいっこも出場させてくれへんし
ワイはナンの懲罰受け続けてんねん」と
にぃにぃがこんなこと言うっての
小学校でいろいろあって
登校できなくなった時以来
親としてナニもしてやれない
無力さが
悔しかったですね
にぃにぃが「部活辞めようかな」と
本気で悩んでいる時
どんな言葉をかけるべきか
本当に悩みました。
結局、言えたのは
『にぃにぃが決めたことを尊重するよ』
『お父さんはにぃにぃが
どんな選択しても絶対に叱らないから』
だった記憶です。
カミとは何度もハナシしましたね
『あの冷遇っぷりならそう考えるのは必然』
『こんな状態でも絶対に手抜きしない』
『むしろここまで辛抱したことの方が立派』
『監督はなんで野球を取り上げたいのか?』
そんな話をいっぱいしましたね
絶対に手を抜かないのは
「少しでも手抜きしたら
またマイナスからやり直しになるから」
常に追い込まれていましたね。。。
1,2年生時代の夏大会は
試合に絡む可能性ゼロ
監督からの指令は【マネージャ補佐】
「試合に絡めないコトありき」
だから全く思い入れはなかったと
やっと試合に絡めた夏大会
緊張とワクワクと
【やっと高校球児になれた】
そんな感覚だったと
全て終えての率直な感想は
「もっと試合に出場したかった」
そら当然の心境です
しかし周りを見渡すと・・・
中学時代、同じ野球部でプレーし
3年生時代の4番キャプテン
軟式ですが公式戦で
フェンスオーバーHR打つ位の子
高校でも野球を続けましたが
背番号もらえたのは3年生になってから
この高校は3試合ありましたが
出場は代打1打席。
タイムリー撃つも代走送られ出場終了
もうひとり
小学校時代に合気道教室で一緒だった子
ふたりっきりの男子なので
組み手はいつも一緒
中学進級でその子は合気道教室は辞めましたが
中学野球部の練習試合でバッタリ遭遇
どちらも【野球やってたの?】という
ドラマみたいな再会
この子が進学した高校も
秋リーグに参戦していたので
結果は確認できており
1年秋からまぁまぁ出場機会得ており
2年生夏もベンチ入りして様な
フツーに30人超えの野球部で
2年生からベンチ入りは中々の実力者です
そして迎えた3年生。ベンチ入りしているが
背番号は2桁。正直ビックリしました。
ここの学校は2試合あってしましたが
出場機会は
守備途中交代から1回2/3イニング
打席は1打席。初球撃って凡退。
これで高校生活が終了
にぃにぃの出場記録
途中出場⇒途中交代
スタメン出場⇒途中交代でしたが
2試合、7イニング出場できたこと
「ふたりと比べたらワイは幸せやった」
と心から感じているようです
ワタシの交友関係でも数名
子供が地方に野球留学しています
みんなベンチ外ですが
公式戦は応援に遠征しています
ねぇねぇ同級生、高1ですが数名
地方および地元高校に野球推薦で入学
でもみんなベンチ外
進学した学校のレベルは勿論ありますが
大阪大会であったとしても
ベンチ入りすることも難しいし
試合に出場することも難しい
そんな貴重な経験をできたこと
物凄い財産だと
その財産は運で掴んだモノではありません
努力と辛抱を重ね、掴みとったモノ
"栄光の扉"
を自力で開いてくれたこと
親として、非常に誇らしいです
『野球はしたくないの?』と
最近、聞いてみました。
回答は
「思ったほど"したい"と思わない」
そうです
野球を”したい”よりも
日々・週・月のスケジュール管理や
選手で居続ける
試合に出場したい
だから絶対に手抜きできない
といった
【各種プレッシャーからの解放感】
が一番大きいかな?という感想でした
今は夏休み真っ只中ですが
大学受験に向け
すでに歩み始めています
幸いなことに学校が希望者のみ
特別授業を毎日してくれているので
塾通いさせずに済むのは非常に有難い
別にワタシやカミさんが『行け』と
催促したことはありません
本人自らの意思で登校しています
時々、学校で後輩に遭遇するそうです
印象的なエピソードがひとつ
1学年下の後輩にあった際
”監督が先輩のこと説いてましたよ”
"先輩、野球部の象徴ですね(笑)"
と声を掛けて来たと。
ナニがあったかというと
監督が新チーム始動初日の訓示で
『なぜ、にぃにぃが公式戦でヒットを打てたか』
を皆に説いたそうです
素人同然で入部し
マネージャー転向を
何度も則されるところから這い上がり
公式戦で結果を残せた理由
【ほとんど部活を休んだ記憶がない】
【彼はいつでも常に全力投球】
【練習中、手抜きしている姿を見たことない】
【積み重ねた努力の結果】
【努力は嘘をつかない】
『にぃにぃ先輩の姿勢を皆、見習って欲しい』
と説いたそうです
マネージャーは・・・
アナタ(監督)が執拗に迫ったんやん
とカミさんとクチを揃えてツッコミましたが(笑)
本人は
【引退して語られることが嬉しい】
とまんざらではない様子
以降も後輩と学校で顔を合わせると
部活のコト、色々聞かせて貰ってるとか
『先輩』と慕って貰えてることが嬉しい
とハナシをしてくれます
監督にも会ったそうです
監督は教師でもあるので学校にも居ます
進路のことを聞かれたそうです
志望大学と抑えを伝えると
『志望大学より明らかにレベルの落ちる
大学を抑えにするのは良くない』
『志望大学と近しいところを検討して』
『あくまで【志望大学ありき】で
勉強に取り組むこと』
そして
『マネージャー目前まで行ったキミが
レギュラーまで這い上がり
公式戦でヒット打てるまでになった
努力の出来るヒトだから
野球と同じだけ勉強も頑張ったら
志望大学に届くから頑張りなさい』
と言って頂いたと
”初めて褒めてもらったかな?”
とハナシをしてくれました(笑)
全てが【努力】を積み重ねた結果
みんな【努力】をみていた
【努力】を誰かと対比して
ハナにかけるようなこと
ホントに一度もなかった
純粋に野球が上手くなりたかった
そしてその【努力】から沢山学び
沢山の方々を感心・感動させた
ホント、凄いヤツです
この先、どんな感動を与えてくれるかな?
ホンマにおつかれさんでした
アナタはワタシ達夫婦の誇り
ねぇねぇもおとーとくんも
一切偉そうにしない
天然さんのアニキですが
誰にも真似できない努力重ねること
凄く尊敬しています
"栄光の扉"
”その夢の続き”
楽しみにしています
先週末に生徒・保護者との
慰労会があり参加
同学年のお父さん達と
ビールを飲みながら語らう
初めての時間
※卒部式はお父さん達
ほぼ不参加だったので
今回が初めて
「今だから」と言われたのは
余りの素人感が抜けない時間は
「ちょっとないな」や「危ない」
と感じていたそうです
そして
「すごく真面目に取り組んでいるが
レベルが中々あがってこない」
ことも気になっていたと
にぃにぃ以外の同学年は
揃ってバリバリのレギュラーです
それが突然「覚醒した」と
感じたのは春季大会とか
素人っぽさが抜けたこと
そしてGW中、試合ごとに
上達する姿が見て取れたと
お酒の勢いも入ってですが
あるお父さんが
【努力は報われる】
なんて言うけど
報われないこと
年齢を重ねると
いっぱい経験するので
『そんな青臭い』みたいに
考えちゃうけど
にぃにぃくんの上達に活躍見ると
【やっぱり努力って報われるんや】
と考えれるようになったと
そして試合出場時
常に全力でグランドに飛び出して
チェンジになったら
全速力でベンチに戻る姿
「1塁側ベンチで、チェンジなって
一番最初にベンチに戻ってるの
レフトのにぃにぃくんですもんね」
と半分笑い話、酒のツマミ話として
盛り上がってくれました
そして
保護者内、OB保護者を含め
【にぃにぃファン、凄く多いですよ】と
青臭くクソ真面目に取り組む姿勢
皆さんに認められ
自分んトコの子が
チンタラしていると
「にぃにぃくん見習え」
なんてなコトあるそうな
カミさんもママばっかテーブルで
同じこと聞かせて貰ったと
それぞれの生徒が色んな想いをもって
駆け抜けた2年4ヶ月
酒も入り、子供のことよりも
オヤジ連中の思いの丈だけ
しゃべり倒した時間
子供達が軋轢なく過ごしてくれたから
こうやって楽しく過ごせる時間
非常に貴重な時間でした
このエントリー完了する2日前
卒部式を兼ねてOB戦が開催されました
勿論観戦に出動です
集まったOBは
にぃにぃが1年生の時の2,3年生
常に笑顔溢れる和気藹々とした
楽しい野球
相手は新チーム1,2年生
OB同志のヤジなんかも入り
集中してゲームするのが難しかったかな?
ですが、現役組
ベンチから声が出ない
攻守交替時チンタラする
監督が何度かブチギレしていました
OBチーム、味方に対して
ウィットを込めた多少口汚いヤジあれど
プレイは真剣そのもの
真面目にやってのエラーや悪送球
ショウバンに反応遅れる守備やらに
容赦なくヤジが飛びます(笑)
卒部のメンバーはまだ身体は動いてたかな?
けど、、、ウチのにぃにぃ。。。
打撃が完全に元のしろーとに戻った?
タイミングが全然取れていない
着払いの空振りばっかり
「バッセンいっておくんやった。。。」
と後悔してました(笑)
この試合一番の見せ場は
念願の投手登板!!!
エンジョイしながら気持ちガチの
ピッチング
三振奪ってましたね(笑)
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ
終了の時間が訪れます
これで本当に高校球児で過ごした時間とお別れです
野球を通じて知り合えた沢山の方々と
笑顔で最後を迎えることが出来ました
実はこの学校に入学したのは
公立高校受験に失敗し
滑り止めで合格していた高校
ですが色んな経験から
『この学校に来れてよかった』
『この学校の野球部でプレイできて良かった』
いっぱいの【青春】が詰まった野球部
素晴らしい経験ができたことに感謝です
解散後、1学年下の後輩4名全員が寄ってきて
「いなくなって本当に困ってます」
「留年してもう1年、野球部にいてください」
とシャレになってるんか?なってないんか?
寄ってきて和気藹々と喋っています。
そうしてたらひとりの後輩が
「先輩、ラーメン行きましょう!!!」
と人数集めを始めます
結局十数名で群れなして
ラーメン食べに行きました(笑)
そんな風景も含めて
この野球部には感謝しかありません
1ヶ月に渡りエントリーした
にぃにぃの【野球大冒険】終わる。
時間経過につれワタシの心境変化が
かなり大きいですね
高校野球ロスから少し解放されたかな?
現在進行形でハッキリいって週末は
『ごっつヒマ』です
ナニしたらいいか?わからん感じです。
甲子園もなんでか観戦してないですね
”栄光の扉”に"フォトグラフ"
聴けば感情移入し過ぎてウルウルするのも
なんか無くなった感じです
※酒が入って「それでは1曲」になると
勝手が違う可能性ありますが(笑)
そろそろ〆たいのですが
良い〆が浮かばない
いっぱいの大切で貴重な数々の経験
一生懸命生きているからできた経験
全ての自信と誇りを胸に
"栄光の扉"の先
"夢のまた続き"へ