大阪からマリーンズを応援し、地元でセレッソを応援するおっさんのブログ

NPBはMarines、JリーグはCerezoを応援する、おっさんのブログ。娯楽もちょこちょこ書いてみます

《感情移入》夏の甲子園イメージソング「栄光の扉」とにぃにぃに中学野球卒部と

この夏は日頃興味のない夏の高校野球

眺めていること多いです。

試合終了から次の試合への繋ぎの時間

事実を題材にしたショートドラマ

「ふたりの背番号4」

このドラマもジーンときていい感じのトコに

「栄光の扉」が流れると・・・

もうダメですね。。。

※このドラマの主人公の幼馴染役の子って

 仮面ライダージオウの敵役オーラですね。

 

「栄光の扉」の詩の端々のフレーズと

中学から野球始めたにぃにぃが

このコロナ禍という慌ただしく進む時間の中、

3年生でレギュラー掴んだプロセスを

ワタシが勝手に脚色してリンクさせてしたり。。。

 

そんな想いで聞いていると、

常にウルウルしています。

 

 

小学校のクラブチームのサッカーは

結構記事にしましたが、

中学校の部活となると、少々勝手が違ったのと

やっぱこのコロナ禍で対外試合が年々減少。

特に昨年の2年生時は府下大会も中止になり

ほとんど部の活動がなかった記憶。

開けて3年生も、なって初めて強く認識したのが

『夏の市総体で敗退した時点で卒部』であること。

3年間の集大成をわずか1学期間で駆け抜ける折に

また世間のコロナ禍、第7波の発生。。。

 

6月末の第7波入口が見え隠れする中で

強行した修学旅行。これは中学校の英断だったと。

修学旅行前・前日に発熱生じ不参加となる生徒に

修学旅行帰宅後に発熱する生徒が頻発し

即、学級閉鎖が学年閉鎖に。。。

勿論、部活もストップし、府下大会は

学年閉鎖明け初日に

ぶっつけ本番で挑み敗戦。。。

 

残すは8月すぐに開幕の【市総体】のみ。

対戦相手は昨年秋の新人戦ベスト4で対戦し敗退した強豪。

※優勝は同対戦校

数校集めた合同チームですが「上手い子」ばっかの

ほぼ反則級の選手編成する強豪校との対戦。

ワタシ的に『この試合で中学野球は終わり』を覚悟してたので

7月「魔の3連休」から7月末まで、次男・嫁がコロナ感染、

高齢で基礎疾患があるってことでタイムラグあって検査を受けた

同居のオカンが無症状ながら【陽性】が発覚。

濃厚接触者となり2週間の出勤停止。※初リモートワーク

そんなこともあったけど理屈なく

『にぃにぃの努力の集大成』に立ち会いたく

諸所の理由をつけて欠勤し応援に参戦を決意!!!

最後の悪あがき?で

手始めに7/31日曜日、草野球の練習に帯同させ

攻守の調整を行い、

試合前日も早めに仕事を切り上げて、

帰宅即、競艇場隣のアミューズメント施設屋上の

バッティングセンターで最終調整。

サッカーしてる時と違って【積極的に】

草野球の練習もバッティングセンターでの打撃練習も

取り組んでおり、その姿に【逞しさ】を。

バッティングも5ゲームこなし、そろそろ帰ろうと

していると、バッティングゲージからにぃにぃを呼ぶ声。

そこを見ると同じチームの子も親子で最終調整に。

その子は1年生の時からレギュラー捕手の子

日頃は飄々としてるけど、この時間にここで出くわす。

『この子とて心に期するモンあるんやな』と想像すると

また涙腺ウルウル。。。ホンマに歳食ったわ・・・

 

そして迎えた「にぃにぃ最後の夏」

試合開始はこの酷暑で13:00予定。

しかし暑いのなんのは言ってられないっ。

試合会場には15分前に到着、

でも前の試合はまだ4回ウラあたり???

後のハナシによると、

当初は3回コールド濃厚なワンサイドゲーム

突如3回に乱れ始め接戦に縺れ込み長い試合に。

試合終了が13:45頃、試合時間2時間30分超え。

この間延びした時間、元々の自力差のある

にぃにぃの学校と、強豪校の差が更に大きくなった印象。

 

試合は完全に相手校のワンサイドゲーム

センター7番で出場したにぃにぃは2の0

三振にピッチャーゴロ。

このピーゴロも『何か起きそうな』微妙な打球、

『俊足のにぃにぃなら【アル】』と信じましたが、、、

さすがの相手投手、フィルディングも一級品、

ギリギリのアウト・・・残念っ。

にぃにぃの見せ場は守備機会。

右中間を破られた打球、両翼100mのグランド、

真面目に追ってなかったらランニングホームラン

間違いナシっての、全力で追いかけ打球処理し

それなりに強い肩で返球しホーム生還防いだこと。

『常に全力で』取り組んでいた姿が凝縮された

プレーだったと思います。

 

試合は5回コールドで敗戦。

自力差が明白だったので勝敗は見えていましたが

『1試合でも多くこのチームでプレイを』

そんな想いは叶うことなく

にぃにぃの【中学野球部LIFE】が終了しました。

 

大人はウルウルしてましたが、

試合後、スタンドに集まった生徒たちは

にぃにぃも含め、そんな風は微塵もなく(苦笑)

後に本人曰く「1本はヒットを打ちたかった」

ので、負けてしまいこれで終わりってのは

イヤだったそうです。

試合後のグランド整備の声が引率の先生から上がると

一目散にグランドに駆け下りていったのは

うちのにぃにぃ。。。

さすがにこれは【今後】の部活を考えると良くないな。

と眺めていたら、グランドから再び先生が

「試合出てた3年が降りてきてんのに、1・2年は?

はよ1・2年降りてきてグランド整備しろっ」と

してもスカし続ける1・2年生。。。

これはかなり今後がヤバそうです。。。

 

グランド整備を終えて撤収する途中ににぃにぃ捕まえ

『お疲れさん』と声をかけると「アカンかった・・・」

とここは少し残念そうな返事が・・・

ユニフォーム姿のにぃにぃとの写真が欲しく

無理に呼び止め並んで写真を撮りましたが、

組んだ肩の高さを感じた瞬間『とうとう身長抜かされた』

ことを自覚。心身ともに大きくなったことを実感。

 

一通りの眺めてそろそろ帰ろうと歩み始めた際

少し離れたとこにおられた監督の先生に会釈してすると

わざわざ先生が駆け寄って来られて・・・

 

1年生の時に「レギュラーになりたい」と宣言した

にぃにぃは

常に貪欲に「うまくなりたい」と野球に取り組み

部活動の中で手抜きする姿は一度たりとも見せず

授業終わると、一番最初にグランドに現れ練習前の

ネット立てを率先してしていたのはウチのにぃにぃ。

全てにおいて【一生懸命】に取り組む姿は

「真面目にすること」が照れ臭くなる年代で

にぃにぃの様な恥ずかしがらずに取り組む子がいると

他の子も照れ臭がらずに取り組める雰囲気になり

部活推進におき凄く模範的な生徒であり

我々(先生)も沢山にぃにぃの存在に助けて貰い

先生の教師生活の中でもこんな素直で真面目な生徒に

あったことがないと最大限のお褒めの言葉と

「できることならこのままずっと野球部にいてくれたら」

という有難いお言葉を頂き、涙腺が大崩壊。。。

 

親子の会話の中で「レギュラーになりたい」宣言したことは

本人からも聞いていました。

部活前の準備に後片付けを率先してすることは

カミさんが学校の懇談で担任教師から「良いこと」

として聞かせて頂いたこと知っていました。

ヘンに馬鹿正直で損得なく皆の嫌がることをでも

「ジブンが早く練習始めたい」一心で準備してることも

本人の言葉で聞いてはいました。

 

ですが、熱意のある先生から【熱い口調】で

にぃにぃへの感謝の言葉を頂戴し

「お家帰ったら、沢山ほめてあげて下さい」と

【熱い想い】が伝わる口調で言って頂けたことは

なんと表現したら良いのか分からない位の喜びと

そんな先生方と一緒に野球をする時間が

終わってしまう寂しさ。

 

まっすぐに育ってくれていることの喜び。

これは小学校時代、特に酷かった5・6年生。

周りに先生にも恵まれず

複雑な事象に巻き込まれ不登校になっていた

時期も経験しています。

クチにはしないが「誰とも関わりたくない」を

端々から感じ取れた小学校時代。

小学生のサッカー卒団以前から

「中学では野球をする」と宣言しており

中学校入学してすぐに本人が希望し入部した野球部。

ゆーても【野球部】なので。。。

それなりにややこしい子がいながらも

部長の先生、監督の先生、指導の先生に

教師OBでお手伝いに来られてる先生、

教員を目指されて部活の手伝いに来られるOB各位。

1年生の3学期だったかな?に部長の先生と

少しお話する機会があり、部長は生徒指導の教員なので

小学校時代のこともハナシとしては認識しておられ

入部すぐは何をしてても「自身のなさ」を感じていたが

【真面目に取り組む姿勢】を先輩・同級生が評価し

一目置くような雰囲気が出来始めてからグッと

何事にも自信を持って取り組めるまでに成長していますよ。

と言っていただいた時に安堵したこと。

そこからも心配はあったですが、

その心配は取り越し苦労であることをばかりで

日々伸び伸びと学校生活を送っていること。

「ややこしい子」も皆の前ではイジるようなことあれど

行き過ぎたことは絶対にならない。

ややこしい子でも皆の前でひけらかすとイジられそうな

好みを誰しも持っています。

プロスピとかウマ娘とかバンドリとかポケモン

相談LINEはにぃにぃ個人に飛ばしてくる。

マジでハナシには乗ってきて情報交換に助言しても

そんなことしてると口外せんことわかってるから(笑)

そんなgive-and-takeでうまくバランスとって

付き合いすること出来る様になってるし。

先輩方にも恵まれて、1・2年時は結構な頻度で

遊びに行くのに誘われて行ってました。

特に1学年上のキャプテンは【人格者】で

1年生の時からよく気にかけてくれており

1年生時の練習試合でサインを見落とし

先生に厳しく指導され、落ち込んでいた時に

スッと横に寄って来て肩をポンポンと叩いて

激励してくれている姿が今も忘れられず、

そんな良い先輩と今でもLINEで

やりとりしてる様です。

野球部の波長の合う同級生とは休日に

チャリンコ乗ってあっちこっち遊びに行ったり

「先輩」と慕ってくれる数名の後輩は

試合中「にぃにぃ先輩」と応援してくれ

グランド整備もそういえば、この数名だけは

一緒にグランド降りて一緒に整備してましたね(笑)

 

今想うと、色々な不安が一掃されたことを

【強く認識できた】ことの安堵と

そこに至るまで見守って頂いた方々への【感謝】が

一気に溢れ出たのかと思います。

 

【野球】を通じて築いた人間関係で

大きく成長出来たこと。

またワタシもカミさんも「学校に対する不信感」

抱えたままで学区の中学校に進学させましたが

【野球部】を入口にひとつずつ不安が取り除かれ

『素直に』にぃにぃの成長を見守れたこと。

 

その想いの余韻にまだ浸ってる中の

平井大さんの「栄光の扉」

 

グッときますね(笑)

 

 


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